微睡み ほろほろと


ギリシャ神話に出て来る神々は、古代日之本の八百万の神や付喪神と同じ発祥なのか、
自然現象の具現化だったり人知を超越した存在でありながら、
時たま民草に対して大人げない感情を見せもするとされており、
その一端ということか、“神さえ嫉妬する”という逸話が結構ある。
機織り上手なアラクネが蜘蛛にされたり、
牧神パンを崇拝するあまりアポロンのお怒りを受けてロバの耳にされたミダス王。
娘の美貌を自慢し海王神の怒りを買ってしまったカシオペアに、
人々が自分の祠への世話を放ったらかすほど熱狂した美しさに、あのビーナスが嫉妬したというプシュケ。

 “確か、エロ―スとプシュケだったっけ。”

孤児院にあった本で読んだ覚えがある。
あれもローマ神話ではなくギリシャ神話だったっけ?
町中の人々が称賛し熱狂するほどだった、それは美しい王女プシュケに嫉妬した美の女神ビーナス(アフロディテ)は、
好きになる気持ちを左右できる矢を操る息子に、彼女がそれは卑しい男との恋に落ちるよう細工をしろと言い放つ。
まだまだ無邪気で悪戯心からプシュケに近づいたエロースは、だが、
彼女を見つつ愛の矢で自分を衝いてしまい、プシュケに恋してしまう。
だが、神の姿は人には見えぬ。彼女に自分は見えないので、同じ想いを抱かせることは出来ず、
結ばれるはずもないと、この時点ではすごすごと帰ってしまう。
その後、プシュケに縁談が来ないと案じた両親が神託を請うと、
「娘を山に住む怪物と結婚させよ」という恐ろしいお告げがあり。
西の風に攫われたプシュケは人も寄れない場所の、だがたいそう豪奢な屋敷に運ばれて、
声しか聞こえず姿を見せない主人に仕える生活を始める。
主人は何でも望みをきいてやるが、私の姿を見ようとするなと言い置き、
人と交われない生活は寂しいと泣けば西風を使って姉たちを連れて来てくれるのだが、
妹の贅沢な暮らしぶりに嫉妬した彼女らは、
それはきっと騙されているのだ、お前を浚ったのはやはり恐ろしい怪物に違いない、
夫の姿を夜中にこっそり確かめるといいとそそのかす。

 “プシュケはそれは美しい夫の寝姿につい見惚れてしまうんだよな。”

恐ろしい獣だなんて誰が吐いた嘘なやら。
蜜をくぐらせたような、しっとり甘い色合いの豊かな巻き毛に縁どられたは、
長い睫毛を伏せた白磁の頬に聡明そうな額。
麗しき目許に表情豊かそうな口許という、それはそれは端正な風貌をした存在で。
眠っていてこの美しさ、神々しいばかりで眼が剥がせない。
見とれるあまり燈火にと持っていたろうそくをつい垂らし零してしまい、
火傷という怪我を負ったエロスは約束を破ったプシュケに怒って姿を消してしまう。
そんな展開にますますと怒ったビーナスは、
天罰を食らわせようとするのだが、何故だが色々と妨害が入ってプシュケは無事。
だが、それも敵わず神殿へ浚われてしまい、艱難辛苦に満ちた試練を与えられてしまう
…という、その後にも結構長いお話が続くのだが。

 “……えっとぉ。//////////”

そのお嬢さんはきっとこんな気持ちで胸がきゅんとしたに違いないと、
春と初夏の端境の朝方、ふっと目覚めた中島敦くんは
視野の中におわす存在へ意識をほぼ奪われつつもしみじみとそう思ったところ。
だってすぐ目の前に、それはそれは麗しいお顔が、安堵しきって眠ってる。
別にお洒落を気取っているのでもなく流行に乗っているのでもなく、
ただ“良いもの”を選んでいるだけなのだろう。
肌触りのいいもので揃えられた肌掛けにシーツといったリネン類が、
控えめにたたえている香りは 優しくも柔らかな匂いの柔軟剤によるものか。
それは居心地のいい空間の中、そんなこんなよりも心地の良い存在が、
こちらをぎゅむと抱きしめて来ており。
油断しまくって目を覚ました虎の子くん、一気にその意識が冴えたのは言うまでもなく。

 “うわぁ。”

頼もしい懐の硬さも、今は緊張していないせいか触れ心地もほどよくて。
安心してます、どうかすると油断しまくりですと言わんばかりの健やかさで
胸元が規則正しくゆったりと上下するのが何とも愛おしい。

 “…睫毛長い。唇柔らかそう。”

だらしなく弛緩してぱかりと開いちゃあないけれど、
それでもギリギリ合わさっているという感じでいる、何とも形のいい口許の
その柔らかさが触らなくとも判るほどというのはどうだろか。
ふくりと瑞々しい質感は、何かしら神々しい花の花びらみたいで、

 『可愛い耳だな。虎の耳もふわふわしてていい手触りだが、こっちはどうなんだ?』

すぐ耳元でそんな風に罪深くもカッコいいお言いようを
低く囁くいいお声にて紡ぎ出す同じ口許なんだよな。
でも、何か、う〜ん…と、赤くなりつつも勝手に困惑してみたり。

 “起こさなくってもいいのかな。いいんだよね?//////////”

そう、此処は愛しいお人の自宅で、今日はお互いの非番が奇しくも重なっていたため、
じゃあ前の晩から会おうと誘われ、お邪魔していた次第。
どこからどこまでが“奇しくも”な流れやら、
もしかして中也の方は、先に知り得た敦のお休みに合わせられるよう、
自身の側の抱える案件をたかたかと、無理してか力任せにか薙ぎ倒し、
その身を空けてくれたのかも。
もしかしてお疲れだったから酔いが回るのも早くって、
すとんと眠った挙句、こんなほど無防備な彼なのかなぁなんて、
微笑ましいと思いつつ、でもでも無理をさせちゃったのなら…と畏まっても居たりする。
敦にとって、今や誰より何より愛しい愛しい中也さんだが、
目が覚めると、まるで縫い包み扱いのようにぎゅむと抱き着かれていて。
美麗なお顔がそりゃあ無防備なまま間近になっているのへビックリする朝が多い。

 “起きてほしいような、でもでも、もうちょっとこのままで居たいような…vv”

幼い子供みたいに うにゃいと無邪気に身じろぐお姿をいつまでも観ていたいような、
ああでも今朝は僕がご飯作ってあげると決めてたのに。
だって今日は、大事な日だから。
だからと先に察したらしい鏡花ちゃんや
ご本人は遺憾だったらしいけど尻を叩かれた太宰さんとかが そりゃあ頑張ってくれて、
ちょっと立て込んでた事案、駆け抜けるよにばっさばっさと片付けてくれたのに。

 「ん〜…。」

わあ、そんな甘い寝息付きでスリスリと頬ずりしてこないで下さいよおなんて。
そろりと抜け出そうと思いはするものの、
甘い甘い誘惑にあっさり捕まってしまった格好、
二進も三進もいかない御様子な虎くんだったようでございます。



  
HAPPY BIRTHDAY! TYUUYA NAKAHARAvv


     〜 Fine 〜    21.04.29.


 *今月は微妙に忙しく、
  なかなか集中できなくて、お話が全然かけなかった4月でございます。
  中也さんのお誕生日は見逃すわけにもいかずで、
  頑張ってみましたが短くてすいません。(涙)